早稲田大学大学院理工学研究科

博士論文概要

論文題目

近代都市づくりにおける近世城下町の
基盤を活用した官庁街の形成と都心改編

A Study on Forming Civic Center and Urban Renewal
applying basis of Japanese Castle-Towns in Modernizing process.

松浦 健治郎
Kenjiro Matsuura

2005年3月
 本研究は,近世城下町を基盤とする府県庁所在都市30都市を対象として,明治期から昭和初期にかけての近代都市づくりにおける官庁街の形成過程及びそれに伴う部分的な都市改造による都心部の再編(以下,都心改編)に関する研究である。明治初頭,我が国の府県庁所在都市の中心市街地では,廃藩置県により府県庁舎や市庁舎等の官公庁施設が次々と建設された。その中には,官公庁施設の集積により官庁街が形成された都市や,官庁街の形成に伴う都心改編が実施された都市があった。府県庁所在都市には,藩政期における政治の中心であった城下町都市が数多く指定された。本研究の目的は,近世城下町を基盤とする府県庁所在都市において近代都市づくりにおける官庁街の形成とそれに伴う都心改編の実態を,城下町の空間構成との関係から解明し,近代都市計画におけるその規定力を明らかにすることである。なお,本研究では官庁街を「府県庁舎又は市庁舎を含む官公庁施設が一定以上集積した面的な業務地区」と定義した。
 本研究は,序章と6つの章および終章で構成されている。
 
 序章「研究の概要」では,研究の目的,官庁街に関する計画史と本研究の位置づけ,既往研究との関連,研究の対象・方法について述べている。
 
 第1章「官公庁施設等の立地特性の解読」では,官公庁施設等の立地特性の解読を以下の3つの方法により行った。第1に,明治・大正期及び昭和初期の基本となる図面を作成し,官公庁施設及び市民利用施設の集積度及び城郭からの平均距離を計測した。第2に,官庁街を形成する官公庁施設から100m間隔で同心円を描くことでゾーンを設定し,各ゾーンに含まれる市民利用施設の数と施設種を計測した。第3に,各官公庁施設から商業地区までの平均最短距離を計測した。
 分析の結果,以下の4点が明らかとなった。第1に,明治・大正期において,官公庁施設は城郭に近接した場所に集積して官庁街を形成する傾向が明らかとなった(30都市中22都市)。この傾向の要因は都市の中心部に城郭や武家屋敷等の広大な土地が残されていたことである。堀,土塁,城山,河川等に囲まれた藩政期の城及びその周辺の武家地(以下,城郭地区)を活用して,官庁街が新たな業務地区として置き換えられたのである。第2に,大正期から昭和初期にかけて官公庁施設は城郭から離れた場所に分散的に立地する傾向にある(30都市中23都市)。その理由として,官公庁施設の総数が増加したことと官公庁施設の建替えの際により広い敷地を必要としたために城郭地区内に土地を確保することが困難だったことが挙げられる。第3に,官公庁施設は商業地区に近接して立地する傾向が明らかとなった(30都市中29都市)。第4に,市民利用施設は,官公庁施設と比べると分散して設置されたことである(明治・大正期では30都市中26都市、昭和初期では30都市中29都市)。
 
 第2章「明治・大正期における官庁街と都心改編」では,明治・大正期に官庁街が形成された26都市を対象として,官庁街形成に伴う都心改編の状況を以下の2つの方法により分析した。第1に,都心改編の実態を把握するための指標として街路の新設と堀の消失の程度に着目し,これら2つの指標から都心改編の程度を示す指標を各都市毎に算出した。第2に,都心改編の程度を示す指標と城郭から各官公庁施設までの平均距離を2軸とした散布図を描くことで官庁街付近の都心改編の類型化を行った。
 分析の結果,第1に,城郭に近接して形成された官庁街周辺で堀の埋め立てや街路の新設といった城郭改造が行われた都市(城郭改造型)が26都市中11都市で見られたこと、第2に,城下町基盤の改編を極力行わないで,ほぼそのまま継承して官庁街を形成した都市(城郭継承型)が26都市中10都市で見られたことが明らかとなった。さらに、城郭地区内に官庁街が形成された10都市中6都市が城郭改造型,城郭地区外に官庁街が形成された4都市全てが城郭継承型であることを指摘し,2つの型の違いの要因が官庁街と城郭地区の位置関係にあることを論述している。
 
 第3章「吉田初三郎鳥瞰図による官庁街の立体的空間構成の解析」では,以下の4つの方法により,吉田初三郎鳥瞰図の存在が確認された16都市を対象として官庁街の立体的空間構成を解明した。第1に,吉田初三郎本人による文献によりその特徴を分析した。第2に,吉田初三郎鳥瞰図の中から「名古屋市鳥瞰図」を取り上げて,鳥瞰図と地形図に描かれている路面電車の位置の比較分析を行った。第3に,鳥瞰図の中で誇大化されて描かれている官公庁施設等の形状について現存する施設との比較を行った。第4に,吉田初三郎鳥瞰図が確認された16都市を対象として,鳥瞰図に描かれた官庁街の空間分析を行った。
 まず、吉田初三郎鳥瞰図はデフォルメを特徴としており,研究用資料としては地形図や写真や絵画資料等による補完が欠かせないことを指摘し、研究用資料としての可能性を検討した上で,以下の2点が明らかとなった。第1に,吉田初三郎鳥瞰図を用いて官庁街の空間構成を立体的に俯瞰することにより,官公庁施設個々の配置の状況や正面性,官庁街の全体構成や周辺の物理的状況を把握できること、第2に,16都市を対象として鳥瞰図に描かれた官庁街の空間分析をした結果,大手道,堀,山裾等の城郭地区の空間構成に対応した立体的な都市デザインの構成原理が存在していることである。
 
 第4章「城郭地区内に官庁街が形成された場合の計画手法」では,第1章で官庁街が形成されやすいことが明らかとなった城郭地区を取り上げて,城郭地区内に官庁街が形成された17都市を対象として,城郭地区に官庁街が形成された場合の官庁街の都市デザイン手法を城下町基盤との関係性に着目して以下の2つの方法により明らかにした。第1に,官庁街が形成される際の空間的規定条件を把握するために,城郭地区を構成する地形条件の組み合わせにより城郭地区の類型化を行った。第2に,城郭地区の2つの空間特性として「空間的階層性」と「軸性」に着目し,これらと官公庁施設との関係性を明らかにすることにより官庁街の都市デザイン手法を解明した。
 分析の結果,以下の3点が明らかとなった。第1に「空間的階層性」と官公庁施設との関連について,堀や土塁によって分節された異なる階層に官公庁施設が分散立地した都市が17都市中8都市で見られた。この中で,本丸付近に官公庁施設が立地した福井と大分では,本丸跡に県庁舎が立地し,下位の階層に県庁舎以外の施設が立地することにより県庁舎の象徴化・差別化が見られた。第2に,「軸性」と官公庁施設との関連について,大手道沿いに複数の官公庁施設を意図的に配置することにより一軸型の官庁街を形成した事例が9都市で,堀沿いに配置することで親水空間と一体となった官庁街を形成した事例が7都市で,山裾沿いに配置することで城山と一体となった官庁街を形成した事例が3都市で見られた。これらの分析結果から,官庁街の都市デザイン手法は城郭地区内の堀や山裾といった城郭地区の空間構成に対応したものだったことを論じ、昭和初期の官庁街は各都市独自の城下町基盤に対応した都市デザインにより組み立てられたことを明らかにしている。
 
 第5章「軍都5都市における官庁街の形成手法」では,分析対象を明治6年徴兵制施行後に鎮台が設置された軍都5都市に絞り,城郭地区に官公庁施設の設置が不可能な場合,官庁街をどのように形成して近代の都心改編を行ったのかを以下の2つの方法から分析した。第1に,城下町基盤と官公庁施設の設置場所との関係性と官庁街の都市デザイン手法を分析した。第2に,官庁街・軍事施設・鉄道駅の3つの近代都市拠点の設置場所と城下町基盤との関係性を分析した。
 分析の結果,以下の4点が明らかとなった。第1に,軍都5都市における官公庁施設の設置場所には3つのパターンが見られたが,どの都市においても軍事施設の占拠する城郭地区に立地できないため,旧町人地に隣接する場所が選定された。第2に,官庁街の形成は,名古屋のように広小路等の既存の城下町基盤を活用する形でヴィスタの焦点に官庁街を形成したり,仙台のように街区レベルで既存の小広場に面する形で官庁街を形成する,といった各都市独自の都市デザイン手法が存在した。第3に,官庁街の形成は,鉄道駅の設置と共に明治期における城下町都市の新たな都市骨格を形成・強化する重要な役割を果たした。第4に,官庁街は明治期においては権力の象徴として,ある意味で威圧的な存在だったが,大正末期には,図書館・公会堂等の市民利用施設と官公庁施設が集積し,市民に開かれた官庁街が形成された事例が大阪で見られた。
 
 第6章「官庁街の都市デザイン手法のまとめと現代の都市デザインへの展望」では,各章の分析を踏まえて近代都市づくりにおける官庁街形成に関する考察を行った上で,現代の官庁街の都市デザインの展望を述べた。考察の結果,近代都市計画の出発点における官庁街の形成は事前確定的な計画に基づくものではなく,堀,山裾,大手道,広小路等の城下町基盤を活用した都市デザインの積み上げによるものだったとしている。
 
 終章では,各章の結果を要約し、全体の結論としている。

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